西巣鴨の夢を見る

ゆうべ、西巣鴨の夢を見ました。西巣鴨3丁目。
どうしてかって言うと、僕が東京都豊島区西巣鴨の出身だから。

ま、巣鴨が本題ではないのですが。

人生は旅のようなものですから、
色々な場所へ行き、様々な人と出会い、
人によっては、生まれ育った地域とは縁のない場所に住み着いてしまいます。

それでも、人格を形成する一番敏感な時代を過ごした場所の記憶というのは、
深く焼き付いて離れません。
人はそれを故郷と呼ぶのかも。

大したストーリーもなく、別になんでもない夢。
でも西巣鴨の、あの路地や町の空気感は空想ではなく。
住んだ事がない人は絶対に見ない夢。
それは例えば、僕がまだ日本で行った事がない所の、広島の夢を見るような物。
ましてやアフリカの夢なんて到底見れない。

移住後、北軽井沢・軽井沢で合わせて20年が経過して、
生活の基盤は完全にここにあるにも関わらず、生まれ育った場所が世界の中心。
そう考えると面白いものです。

小・中学校の教育で
豊島区の歴史、東京都の歴史、
豊島区や東京都内の社会科見学。
遠足でも、進学でも、なんでもそう。そこを中心として考えるから
地元感は自然と染みついてしまうのですね。

これを、日本のみならず世界に枠を広げると
人々は本当に千差万別のルーツを持ち、交わりようがない事が多いのも容易に理解できます。
ただ、理解しようと努める事はできるのかな、と。

今、そういうバランス感覚が、我々に欠如しているのではないか?と
特にインターネット上には、
そう思わされるような事がたくさんあります。

自分と違う考えを受け入れないとか
自分の正義を押し付けたりとか
挙句、他人を罵ったり、足を引っ張ったり。

でも、それは本気でそう思っているからこそ出る物なので
空恐ろしくなる事もしばしば。

歳を取れば取るほど、考えが同じ経路を何度も何度も辿るので
思考回路が完全に固まってしまうと聞いたことがあります。
まさにそう思います。

育った土地の記憶というのも
頭の中に深く刻まれて、そこに行くのは案外簡単なんでしょうね。
3日前の夕食に何を食べたか忘れてしまうのに、面白い物です。
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